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京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)41号 判決

八幡市橋本堂ケ原一〇番地

原告

鯉谷幸子

右訴訟代理人弁護士

蝶野喜代松

柏木泰英

宇治市大久保町井尻六〇番地の三

被告

宇治税務署長

宮崎勉三

右指定代理人

浅尾俊久

井上勝比佐

野村純弘

村田巧一

武宮匡男

島村茂

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五六年六月三〇日になした原告の昭和五四年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五四年七月二〇日、その所有にかかる別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を訴外小川光三に五五五八万四〇〇〇円で譲渡したが、右譲渡に当たり本件土地の耕作権者である訴外家村長造との間で本件土地の賃貸借契約を合意解除し、同人に対し離作料として二七七九万二〇〇〇円を支払った。

2  原告は、右離作料が所得税法三三条三項に規定する「資産の譲渡に要した費用」に該当するとして、昭和五四年分の所得税について、分離長期譲渡所得の金額を二三一七万九〇四〇円とし、その他の所得金額と併せて納付すべき税額を三四四一万六五〇〇円として確定申告したところ、被告は原告に対し、昭和五六年六月三〇日付をもって、長期譲渡所得の金額を二四五六万八六四〇円、納付すべき税額を五五六万二五〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税額を一〇万七三〇〇円とする賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)をした。

3  これに対し、原告は同年七月二八日異議申立をしたが、被告は同年一〇月一四日付をもって棄却の異議決定をしたので、原告は更に同年一一月一一日、国税不服審判所長に審査請求をしたところ、同所長は、昭和五七年七月二一日付をもって、審査請求を棄却する旨の裁決をなし、裁決書謄本は同年八月七日原告に送達された。

4  被告が本件各処分をした理由の要旨は次のとおりである。すなわち、原告が支払った離作料は、本件土地譲渡に要した費用ではなく、耕作権を消滅させるための対価(実質的には耕作権買戻しの対価)であるから、これにより原告は本件土地に係る耕作権を取得し、これと本件土地底地部分を合わせて五五五八万四〇〇〇円で、譲渡したものに他ならず、耕作権に係る譲渡所得は短期譲渡所得に該当するが、耕作権部分の譲渡収入金は取得価額と同類とみるべきであるから短期譲渡所得金額は発生せず、本件土地譲渡に係る譲渡所得は底地部分の譲渡についてのみ生じるところ、底地部分の譲渡収入金は、本件土地譲渡代金から耕作権部分の譲渡収入金を控除したところの二七七九万二〇〇〇円となるというものである。

5  しかしながら、本件各処分は次のとおり違法である。

(一) 所得税基本通達33-7の(2)は、「資産の譲渡に要した費用」とは「(1)に掲げる費用のほか、借家人等を立ちのかせるための立のき料、土地(借地権を含む)を譲渡するためその土地の上にある建物等の取りこわしに要した費用……その他当該資産の譲渡価額を増加させるため当該譲渡に際して支出した費用」と規定しているが、我が国の経済社会においては土地は建物と並んで不動産として譲渡の目的とされ、借家権ある占有者が家屋を明渡す場合に立退料を支払うのと同じように、借地権ある占有者が土地を明渡す場合に立退料を支払うことは、通常行われている事実たる慣習であり、借家の場合とで区分する理由は全く存しない。

さらに、立退料は、(1)移転費用の補償の意味をもつもの、(2)明渡のために利用者が事実上失う利益の補償の意味をもつもの、(3)明渡によって消滅する利用権の補償の意味をもつもの、の三つの全部または一部の性質をもって支払われるものであるが、借家の場合は貸主の明渡請求が正当事由なしと判断され、借家関係が存続することになっても、その後正当事由が存するようになれば貸主は借家関係を消滅させることができるので、この意味では借家権は客観的な財産権と把握し難く、むしろ借家人の居住の保護という生存権的保護を目的とするものである。したがって、その場合の立退料は前記(1)(2)の意味をもつものと考えられる。これに対し、借地法の適用のある借地の場合は、その利用権は客観的な財産権としての色彩が強く、この場合の立退料は前記(3)の性格を有すると言える。しかしながら、本件は農地耕作を目的とした土地賃貸借契約であり、この場合の賃貸借関係においては、借地法の適用される借地と異なり賃借人の生存の基盤の保護が主眼とされている。これは農地法の規定の趣旨からも明らかである。したがって、この場合の立退料の性格も借家の場合と同様に前記(1)(2)の意味をもつものと解せられる。

そうすると、基本通達33-7の(2)の「借家人等を立ちのかせるための立のき料」の「借家人等」というなかには少くとも本件の場合のような土地賃借人も含まれると解するのが妥当である。

(二) また、立退料を支払って賃借権を消滅させることは、前規定にいうところの「当該資産の譲渡価額を増加させる」ことであるから、立退料は当然この費用に該当すると解すべきである。

(三) いずれと解するにしても租税法規の解釈適用にあたっては、法の予想するところをこえて実質的に新たな課税対象を創設しもしくは拡張し、または納税者に不利益な方向に類推ないし拡張解釈を行うことは慎しむべきであるが、納税者の有利に課税の公平、公正を図る方向において合理的な類推解釈を行うことは、これを禁ずべき理由はない(東京地裁昭和三九年七月一八日判決-行政例集一五巻七号一、三六三頁)のであるから、本件立退料は所得税法三三条に規定する「資産の譲渡に要した費用」に該当すると解すべきであり、本件各処分は前記法律及び通達の解釈を誤った違法なものと言わざるを得ない。

(四) また、元来、税法は経済社会において通常行われる取引行為その他の経済現象を予想し、これらのうちから課税対象として適するものを選び、それぞれの課税対象に応じる担税力を評価、考量して課税を行おうとするものであるから、税法が課税対象として掲げる行為の概念は、原則として、すなわち特別の規定がない限り、経済社会において通常理解され、認識されている行為の概念と同一の実質をもつものを指すものと解さねばならない(租税法における実質主義、前記東京地裁判決)ところ、我が国の法制度は自己賃借権なる概念を認めておらず、経済社会においては離作料(立退料)の譲受けと理解しないのが通常である。したがって、離作料(立退料)の支払いをもって賃借料の譲受行為と解することはあまりの擬制であり、経済社会の通常の理解を超えるもので右実質主義に反すると言わざるを得ない。

(五) のみならず、前述のとおり我が民法は自己賃借権を認めていないものであるから、離作料(立退料)の支払いによって土地所有者は完全円満な土地所有権を回復し、そこには借地部分、底地部分という区別は全く存しないことになるにもかかわらず、被告は本件土地の譲渡をもって借地部分と底地部分の各別の譲渡と解している。かかる解釈は法体系の不統一をもたらすもので到底是認しえないものであり、憲法三〇条、八四条に違反するといわざるを得ない。

二  被告の答弁

(本案前の抗弁)

本件訴えは出訴期間を徒過した不適法な訴えである。すなわち、本件各処分に関する原告の審査請求について棄却の裁決がなされたのは昭和五七年七月二一日であり、右裁決書の謄本が原告に送達されたのは同年八月七日であるから、本件訴えの出訴期間の満了日は同年一一月六日となるところ、本件訴えは、同月八日に提起されたものであるから、出訴期間を徒過した不適法な訴えである。

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1ないし3は認める。

2 同4は認める。ただし、本件更正処分は、原告が掲げる理由のほか、原告が確定申告をする際、課税分離長期譲渡所得金額に適用すべき税率を誤っていたことも理由の一つとしてなされたものである。

3 同5は争う。

三  被告の本案前の抗弁に対する原告の反論

本件訴えの出訴期間の起算日は、裁決書の謄本の送達のあった翌日である昭和五七年八月八日であり、出訴期間の最終日は同年一一月七日となるが、同日は日曜日のため翌八日に満了する。したがって、本件訴えは出訴期間を遵守しており、適法である。

第三証拠

一  原告

乙号各証の成立はすべて認める。

二  被告

乙第一号証の一、二

理由

原告が昭和五四年分の所得税について確定申告をしたところ、被告が昭和五六年六月三〇日付で本件各処分をしたこと、原告はこれに対して同年七月二八日異議申立をしたが、被告が同一〇月一四日付で棄却の異議決定をしたので、原告が更に同年一一月一一日国税不服審判所長に審査請求をしたところ、同所長が昭和五七年七月二一日付で審査請求を棄却する旨の裁決をなし、右裁決書の謄本が同年八月七日原告に送達されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、所得税の賦課処分等に対する取消訴訟の出訴期間については行政事件訴訟法一四条一項、四項の適用があるものであるところ、同条四項を適用して取消訴訟の出訴期間を計算する場合には、裁決があったことを知った日又は裁決があった日を初日とし、これを期間に算入して計算すべきものと解するのが相当である(最高裁昭和五二年二月一七日第一小法廷判決、民集三一巻一号五〇項参照)。

これを本件についてみると、裁決書の謄本が原告に送達されたのは、前述したとおり昭和五七年八月七日であるから、同日が原告において裁決のあったことを知った日に該当し、出訴期間の記算日となるので、その満了日は同年一一月六日(土曜日)となる。しかるに、本件訴えは、同年一一月八日になって提起されていることが記録上明らかであるから、右出訴期間を徒過したものであるといわざるを得ない。

原告は、右送達日の翌日である同年八月八日をもって出訴期間の起算日であると主張するが、行政事件訴訟法一四条四項は「第一項‥‥の期間は、‥‥これに対する裁決のあったことを知った日‥‥から起算する。」と規定するところであり、法令用語の解釈としては、裁決があったことを知った日を算入するものといわざるを得ず、原告の右主張は採ることができない。

よって、本件訴えは行政事件訴訟法一四条一項・四項に違反し不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田坂友男 裁判官 小田耕治 裁判官 森髙重久)

物件目録

(一) 八幡市八幡月夜田四六番

田 九一五平方メートル

(二) 同所四七番

田 三一〇平方メートル

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